基礎の基とはなんぞや

基礎の基とはなんぞや

先日、師僧と偶然にも或場所でお会いすることが適いまして、有難く拉致させていただき、色んなお話をすることができ至福の時間となりました。

中でも作法のルールや、弟子の学びに対するルールや区別化差別化について、自分の基準を崩さない強さについてなど、
笑いを交えつつも、大きく大切で大事な内容がてんこ盛りでした。
その中の印象的な話題のひとつとして、術式を深めることについて弟子志望の人の中にも、

「基本的な基礎の手前を成し得ない人ほど、すっ飛ばして大技に拘るし、知りたがる」

というものでした。
その大技ばかりをやりたがったり、求めてくるばかりの者は門前払い以前に、弟子の資格も無しというオチ。

師僧の話から、これは占術の学びでも同じことが言えるのかもしれないと思いいたることが多々ありました。
東洋占でいえば、三合方合支合半会刑冲破害やらいろいろなどなどをサクッと意図付け紐づけできることが前提なのですが、
それら覚えずにいきなり命式占断の結果だけで学ぼうとしても無理があるわけです。
それをやりたがる人ほど、鑑定手法や口技にやたらと拘り、何でも学びたがり、基本動作となる部分をすっ飛ばしてしまう。
そしてこの傾向にある人ほど、デキる人傾向や意識高い系を装いたがるし、行動してます風も装うので厄介です。
さらにこの手の人は結局何一つ仕上げてから次にいかないし、何でもかんでも手をつけたがります。

師僧ともこれらの話に終始尽きるのは、
最終的には、この師匠はダメだ、アレの術はダメだ、これの術式はダメだと言い出し、
あちらこちらを放浪してはダメの吹聴が止まらないので、結局のところはどこに行っても落ち着かないことになります。
やがて周りに人がいなくなった時は、後の祭りというものになるわけです。

さて、私もしっかり基礎のきの字をやり直し見直しです。
師僧のように笑い猫を横において、何事も笑って受け流させるくらいには成長したいものです(笑)

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