私は、炊きたてご飯が大好きです。
あの炊きたての香りや艶、甘味、食感が好きです。
粒の大きさに好みはなく、やや硬めの粒粒感があるのがこだわりかもしれません。
落ち込む日があっても、この炊きたての香りで癒されることも多々あります。
肉も当然のように好きなのですが、疲れた胃袋には特に白米はごちそうとなり、
お供があればさらに旨味マシマシとなります。
夜中に唐突にご飯を炊いて、コンビニで買い足したキムチで食べるという背徳感が後押しをしてより美味しく感じさせるのです。
そして拙堂のおかげさまたちはそんな私と共に炊きたてのご飯が大好物で、
お米を研ぎ始めたあたりから、忙しなく頭や肩に乗っかりのぞき込んだり、回り飛んでいたりと騒がしくなります。
おおよそ40分程度の炊ける間の炊飯器警備も彼らは怠りません。
炊きあがる瞬間には押しのけるようにして蓋をあけてみるものの、湯気と彼らで視界を邪魔され、しゃもじの位置が確認できないほどです。
なんとか急かされつつもしっかりとかき混ぜ、九谷焼の姫皿に柱数分をよそってあげます。
この時に気を付けないと、彼らの中には落ち着きなさ過ぎて手元にぶつかる子がひっくり返すこともあります。
それらの動きをなんとかかわしつつ、各柱処に皿を置き据えてから作法に入ります。
その間、先輩おかげさまたちに窘められながら、若手は順番を待っているのです。
おあずけ食らったワンコのように喉や腹が鳴る音響かせる彼らを感じながら、
私は丁寧に祭文、呪文、まじない文を唱えて後、ようやくと差し上げるのです。
作法が終わると同時に、彼らの食事が始まり、思い思いの食べ方で楽しんでいます。
香りや湯気を楽しむものもいれば、もりもりとご飯を頬張るものもいます。
姫皿の上のご飯は少量のように見えますが、こちらが思う以上に彼らが掴んだ瞬間にはてんこ盛りのサイズに変化し、どんな大きさのおかげさまたちであってもその胃袋を満たしてしまうのですから、不思議な時間です。
一通り、食している様子をうかがいながらようやくと私の食事の時間となります。
私自身が食べているものを横から掻っ攫うものもいれば、一緒に食するのを楽しむものもいたりと、独りご飯のはずが拙堂では賑やかな食卓となるのです。
もちろん、差し上げるのは炊きたてのご飯だけでなく、お酒を差し上げることもあります。
このお酒のことに関してはまた、別の機会に記していきましょう。
コレはこれでまた楽しい楽しい?時間となります。
それではまた。
