とある20代の若い方の暮らしをスムーズにさせるためのお手伝いをしました。
ひとつひとつ丁寧にモノコトを向き合いながらでも、
やはり不運や不幸というものはやってきます。
むしろ、丁寧に向き合っているからこそ、そういう出来事にも真正面になってしまうのでしょう。
その方は手を抜けずにどれもこれもを引き受けてしまわれた。
その結果、やはりパンクをしてしまい、日常がスムーズに動かなくなりました。
そして、ご本人だけでなくご家族からのご依頼もあり、
私とご一緒に部屋の片づけをしながらいろんな話をする数日となったのです。
やがてご本人も納得のできる部屋のカタチに近づくにつれ、ひとつの区切りが見えてきます。
そして区切りは人生の句読点のようなもので、やはり自分の本音や様々な願望が見えてくるのです。
「病んでいる間、ずっと人生を終わらせることばかりを考えてました。
でも、こうして片付けるという終わりを追いかけていたら、明日があって、明後日が見えてきて、
でも、今日の一日が終わって、うまく言えませんが、生きている間の終わるって次につながるんですよね。
私は人生を終わらせることを考えていたようで、本当は明日が変わればいい、変わってほしいって願っていました。
変わらないかもしれない、変わらないだろうから、怖くて悲しくて、寂しくて、終わらせたかったんだと思います。
でもこのままの状態で終わりたくなかったから、きりんさんに相談しました。
きりんさんにも勧められて、やっと家族にも相談できました。」
彼女の話をする手に涙がいくつも落ちていました。
ですが、彼女はしっかりと手を止めることなく動かしています。
たくさんのモノに囲まれても、彼女を本当の意味で助けてくれるモノはなかったのでしょう。
ひとつひとつ手にしてそれらを丁寧に撫でてからゴミ袋に中に入れていきます。
「終活って年を取ってからするものだと思っていましたが、違いますね。
毎日の中にあったんですよね。
当たり前に生きているけど、明日の朝には生きていないかもしれない。
本当はいつ人は死んでもおかしくなかったんですよね。
若いとか年寄りとか、関係なかったんですよね。
今日、今、お掃除しておいた方がひとつでもモノは減らせるから多少は悔いが残らないですね。
でもやっぱり夜には疲れて眠っちゃうと思うから、
『眠る前にちゃんと明日も起きれて掃除できますように』と祈ってから眠るようにします。」
最初に会った時とは全く違う声色と笑顔の中で、彼女はこの数日間を乗り切りました。
後半は家族も彼女の許可をもらって手伝ってくれ、予定していたよりも早く家の中は仕上がっていきました。
「もう一度、ちゃんと休みなおします。
新しく生まれ変わったこの部屋でもう一度、ちゃんと休みなおします。」
誰にも迷惑をかけたくなかったという彼女は、自分のその願望が心を苦しめるひとつではあったけれども、
命をつないでくれる大切な願望だったということを知りました。
そして毎日の中に、生きるというそのものが終活でもあるのだということを誰よりも実感しているのでしょう。
日々の暮らしに命の継続といつかどこかでやってくる終わりがあるのだと、彼女の笑顔と行動にあらためて実感した数日となりました。