やりたくないことをやらない生き方。

やりたくないことをやらない生き方。

「やりたくないことをしない、やらない選択をする。人生を送る。」

これは生きていく上でとても大事で大切な幸せの種のひとつであり、考え方であることは否定しません。
私自身、とてもこれは重要で選択していく上で前提のひとつにしていることでもあります。
ですが、この考え方やり方を取り入れてうまく人生を乗りこなせている人と、そうでない人が極端にわかれます。
そして、そうでない人の方が圧倒的に多く居て、実行してはみたものの現実は何も変わらない、と嘆いたり、僻んだり、羨んでいたりする人をみかけるのです。

どうして同じ言葉の選択をしていても、うまくいく人といかない人がいるのか。
シンプルな行動選択のように見えますが、そもそもの最初の捉え方を勘違いしている人が多いと私は思うのです。

うまく取り入れている人は、モノコトが目の前にきた瞬間に、
やりたくないこと=自分が本当にできないことであるかを確認します。
出来ないことはやりたくない。は、あくまでも技術的なことであったり、能力的な問題として捉え判断し、やらないことを選択しています。
感情的に嫌いなことでやりたくないことであっても、暮らしていくこと、生きていく上で必要であれば「自分にできることはやる。」のです。
そしてそのうえで次に考えるのは、感情的にやりたくないことをどうしたらやらなくて済むようになるかを一生懸命考え、努力行動を継続して最終的に、「出来ないこと」も「感情的にやりたくないこと」もやらないように作り上げていくのです。

取り入れられていない人はモノコトが目の前にきた瞬間に、
やりたくない理由を探すことを一番最初に持ってきます。
直感や第一印象、インスピレーションという言葉を前において、何かしらやりたくないための理由を心に置きます。
自分の能力でできるかできないか、よりも単純な「したい、したくない」の感情の優先順位が前提になるのです。
そして感情優先をしても良いのですが、一番の問題は、それらを補完する他の行動は一切ないということ。
ただただ「したくない、やりたくない」の感情選択になるので、様々な行動選択や選択する人生の幅は消極的で狭くなり、当然のように活発性、交換力は落ちます。
よって結果的に、収入の道は細くなるでしょうし、生活行動範囲はおのずと狭くなっていくので、人生豊かに大きく広くを望みたくても、限られた間口のため希望通りにはいかないことがほとんどです。
そして、義務的にやらなくてはならない日常行動への不平不満と怒りに対して日々処理することはないので、負の感情とだけ毎日向き合うことになります。

後者は自分への優先順位が高いので、一見よさそうな人生の選択のように見えますが、感情主体の選択になるので、行動変化はありませんから欲しい未来、なりたい未来というのは永遠に現実化しないことがほとんどです。

前者はひたすら自分の不出来と現実との向き合いを淡々とこなすことになりますので、最終的に時間の長短関係なく、自分のなりたい、欲しい未来を引き寄せる現実化がしっかりとあります。
場合によっては努力の甲斐もあって、不出来だったところが以外にも出来るようになった、もしくはそこそこやれるようになったおかげで、副産物が思いのほか多かったなどの特典もあったりします。
ですから選択も行動範囲も広くありますので、本当の意味で自分に合ったものを心から満足に選べる自由度が上がります。
広くてもこじんまりとまとまった暮らしが良いという人もいらっしゃいますので、ここでの大小の幅に優劣上下は一切なくなるのです。

自分のやりたくないことはしなくていいと思います。
ですが、本当の意味での「やりたくない」を知っておくことです。
生きていく上で必要な行動であれば、どうやったらそのやりたくないことがやらずに済むのかを一生懸命考え、努力することです。
感情を優先せずにいられないなら、それはそれで致し方ありません。
けれどそれが続けば続くほど、本当に欲しいものがあるのかをしっかりと見極め、自分の選択を責任持って受け入れる必要があるということです。

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