「子に障りが出る。」
「血族の一番弱いところに出る。」
というのを聞いたことがありますでしょうか?
霊障の話になると必ずと言っていいほど出てくる話題のひとつです。
実際にそれはどうなのか?というと、私の立場から言えばやはり、「ある」という他ありません。
そしてどうしてそうなるのか?というと、いくつかの要因があるのですが、
それは確定的な絶対現象とも言えません。
そういう意味では、不確かで絶対ではなく、霊障が出たときに「あぁそうか。そっちに出たか」としか言えないのです。
だからこそ、日々に清廉性を持って生きるということがとても大切になってくるのですが、
なぜにここまで嶽啓道で清廉性を詠うのかというのには理由があります。
悪行悪道である積み建てをしている人そのものにすべて返ればいいのですが、
妻や子、孫、時にペットに伝わりやすいのはやはり同じ釜の飯という財運の宝船を同舟しているからとも言えます。
何かしらこの悪行悪道をしている人(施主/施首)のうま味で食べている、もしくは物理的にお金をもらっている、暮らしていることなどが多かったり、
各自の系譜の一人一人の財運の器である生命力の分量が少ない、もしくは耐久性が脆いところが満杯になってあふれたか、ヒビ割れを起こしたときや、そもそもに霊的歪みがある(血濁、霊的耐久の虚弱など)がゆえに悪感応してしまうなどで、何かしらの霊障が顕現するのです。
別世帯で別居、別財布していればいいのか?
と言ったらこれまたやっぱり霊障は出る時は出ます。
なぜならば、血脈は地脈とも言って、やはりつながりがあり、自身の子供時代に少なからずとも身体を作るために一緒に寝食共にした時間があり、その名残が体に残っているからというのもひとつですが、よほどの悪関係でない限りは一年を通して一緒に過ごす時間が全くなくなることはありません。
時に、子孫が続けばそのお祝いや一年初めのお年玉などをもらっていると、しっかりと金銭が動くのでやはり受け皿になっていることは否めません。
では、少しでも被りを減らすにはどうしたらいいのか?
シンプルに心から一人一人がきちんと生きるをやるということと、自分なりの先祖供養を欠かさないこと。
そして自分の子孫にもそれら清廉性を伝えていくことです。
さらに子孫が結婚をしたら、戸籍は単立戸籍に作り替えて施主(施首)である自覚を持たせて自立をさせることです。
同じ住所だったとしても、戸籍も住民票も別世帯として、単立させるのがよろしいでしょう。
被りというのは、施主(施首)である人の行いに大きく左右されます。
そして、施主が大切にしているところに程、その被りは大きく影響してしまうものなのです。
間もなく8月お盆がやってきますので、ぜひとも先祖供養に意識を向けてみてください。
拙著のP258を参考にしてくださると有難いです。
お作法される際は、ご自身のお子さんやお孫さんの成長の感謝を付け加えるとより善き護りとなるでしょう。