水をさす人と付き合わない

水をさす人と付き合わない

(2025.10.7加筆修正)

身近に付き合っていく人を
どんなふうに選ぶのか?
置いているか?
を見返して改めて思うのは、

わたしの芯からある行動に
水を差さない人と一緒に居る。

ということ。
友人とこのことを話しながら改めて周囲を見渡すと、
“心配のフリした水を差す”をやる人がとにかく多いのです。

心配という気持ちを全面に出しつつも、
未来へ進もうする人間の行動を制限しようとしていることに
本人は全く気付いていません。
しかも、その行動は日々の中に繰り返され、
言われた側の心の根っこを腐らせていきます。
心底から強気な人はこれを真に受けることはありませんが、
決して気分のいいものではありません。
自信のない、未来に不安がある、そんな状況でも挑戦しようとしている人の心に、
時としてこの相手の言動は罪悪感を呼び起こし、様々な挑戦行動や決断力を鈍らせます。

この手の人は、心配だと言いながら、未来につながる真っ当なアドバイスや、
解決策、ましてやその未来の選択をやめてしまった場合の代替え案の提示などは、ほぼありません。
なんなら、話し合いの場で論点が全くズレていることがほとんどです。

結局のところ、あなたを思ってのアドバイス、忠告だと言いながらも、
実のところは自分の中の勝手に思い描いた不安を解消したいだけであったり、
自分ができなかった不満をぶつけているだけであったりするのです。
未来に向けて頑張る、踏ん張る、勝ち取るその行動が自分にとって不都合がとなれば、
その景色を見たくないとばかりに制限をかけてくることもあるのです。

特にこの傾向のある人というのが、
血縁のある身近な家族であったり、その時のパートナーであったり、
親友と言われた人や、友人ということが多々あります。

自分には自分の世界観があって、
相手には相手の世界観がある。

だからこそ、互いの世界を批評批判せず、
互いの意思や心を尊重し合える信頼関係が
築けることが理想です。

もちろん、わたしのために真心寄せて心配してくれている言葉は
きっちりと受け取れるように、常に頭の隙間は置いています。
でないと、危ないことだって世の中には存在しますからね。

ただしやっぱり聞く耳も持てるかどうか、というのは、
日頃の信用信頼関係のバランスが取れているかどうかなんでしょうね。

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